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【書評】マルタン・ノゲラ・ラモス、平岡隆二編 『関西の隠れキリシタン発見-茨木山間部の信仰と遺物を追って』【ひとことレビュー#9】


書籍の表紙

江戸時代の禁教下において密かに信仰を続けていた日本のキリスト教徒たちは、「隠れキリシタン」「潜伏キリシタン」などと呼ばれる。1865年に長崎の大浦天主堂で起きた「信徒発見」をはじめ、隠れキリシタンといえば九州というイメージが強いだろう。しかしながら関西にも、隠れキリシタンはいた。教科書などにもよく使われている、おそらく誰もが一度は見たことがある、あの「フランシスコ・ザビエル」の絵が発見されたのは、大阪府茨木市北部の山間部の集落である。これまで、茨木山間部の隠れキリシタンたちの存在は、大正時代の1920年に地元の関係者によって「発見」されたと言われてきた。本書ではフランス人宣教師マラン・プレシの当時の書簡から、通説よりも40年も前の1879年に、すでに信徒たちが「発見」されていたことを明らかにしている。本書を読めば、キリシタン大名・高山右近の領地だった茨木山間部へのキリスト教の伝来から、禁教下の潜伏を経て、明治期のプレシによる信徒発見、大正期のザビエル像などの遺物発見へといたる、大阪北部の「山のキリシタン」の大きな流れをつかむことができるだろう。

 

(井上真悠子)



目次

口絵

はじめに

第一章 茨木へのキリスト教伝来---その由来と展開   平岡隆二  

一 本章の目的と先行研究の整理  

二 高山飛騨守・右近父子とキリスト教   

三 「山間部のキリシタン」---その成立と展開   

四 巡回から禁教へ   

五 まとめにかえて---日本布教の近世と近代

 

第二章 パリ外国宣教会の「古キリシタン」探索---マラン・プレシ神父の千提寺村発見を中心に                       マルタン・ノゲラ・ラモス  

一 古キリシタンの「復帰」を目指す布教  

二 失敗に終わった古キリシタンとプレシの交流---解明の試み  

三 古キリシタン中心の布教方針に対するプレシの異論  

四 トラブルメーカーのプレシ  

五 エピローグ---プレシの帰国と忘却

 

第三章 茨木キリシタン遺物からみる「発見」とその後   桑野 梓  

一 所有家ごとにみるキリシタン遺物  

二 キリシタン遺物発見後の動向---遺物の行方と修理の痕跡  

三 もうひとりの遺物発見者、奥野慶治  

四 再布教をこころみた宣教師、ジョゼフ・ビロー神父

 

第四章 大正期の文化・学術と茨木キリシタン遺物の発見   高木博志  

一 問題の所在  

二 大正期京都のロマン主義  

三 豊臣秀吉顕彰とキリシタン遺物の発見  

四 キリシタン遺物の発見をめぐる人々  

五 一九二〇年の千提寺キリシタン遺物の発見

 

付録   マラン・プレシの五通の書簡 マルタン・ノゲラ・ラモス(解題・注)/坂口周輔(訳)  

     茨木キリシタン年表


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